沖縄の水中文化遺産と「海底遺跡ミュージアム」
(1)本プロジェクトの目的
本プロジェクトは、代表者らがこれまで沖縄県で実施してきた水中文化遺産の考古・歴史学的評価を踏まえ、石垣島を中心とする地域社会との連携、およびユネスコの指摘する第三の海洋資源である海底遺跡の新たな保全や観光・教育資源としての利用を目的とした「海底遺跡ミュージアム」化の実現を目指してきました。
(2)これまでの経緯
本研究プロジェクトで研究対象としている沖縄県に分布する水中文化遺産群は、本メンバーが「これまで新たに情報を収集し、潜水調査による確認調査を実施してきた遺跡群でもあります。このうち沖縄の八重山諸島に位置する海底遺跡群(図)は、本メンバーの片桐が指揮した沖縄県立埋蔵文化財センターによる分布調査や、2004年より国の補助を受けて実施した「沿岸地域遺跡分布調査」において発見・確認されてきた。これらのうち、石垣島を中心とするいくつかの重要な水中文化遺産と認識される「屋良部沖海底遺跡」、「黒島沖海底遺跡」、「竹冨島沖海底遺跡」を対象とした、東海大学、沖縄県立博物館・美術館、岡山大学(菅浩伸 教授、現在は九州大学)による共同調査が、2012年より開始され、遺跡の位置座標や遺物の分布状況に関する考古学調査を実施したのが最初の経緯です。
図 石垣島・西表島を中心とする八重山諸島の島々と海底遺跡の位置
(3)屋良部沖海底遺跡(石垣島)について
屋良部沖海底遺跡は石垣島の西岸沖に位置し、沖縄県内において初めて四爪鉄錨が発見された水中文化遺産です。しかも、同時に計7点が発見されたほか、沖縄島産の「壺屋焼き」陶器が多数、良好な保存状態で確認され、大きな注目を集めています。さらに私どもの調査により新たに見つかった鉄錨を加え、現時点では計8点の四爪鉄錨が確認されています。
本プロジェクトの軸となってきた調査や遺跡見学会も、この屋良部沖海底遺跡がメインとなっており、これまでに各遺物の位置座標の取得、四爪鉄錨のサイズ測量と実測、および協力者の坂上憲光(東海大学海洋学部)が開発した水中ロボット(ROV)による探索・映像記録調査を実施してきました。またこれらの調査で得られた各データと岡山大学によるマルチビーム測量により作成された3D海底地形図は、国際学会や水中考古学の分野で権威とされるInternational Journal of Nautical Archaeology 誌に発表されたほか、「海底ミュージアム」化においてガイド用の地図として有効活用が期待されています。
(4)海底遺跡ミュージアム構想とは?
「海底遺跡ミュージアム」とは、2009年1月に水中文化遺産保護条約を発効したユネスコが、水中文化遺産の保護と活用を目的として提唱してきた構想で、世界遺産と同じく、世界が共有の財産として取り組む必要性が議論されつつあるあります。具体的には、海底に残された遺跡をそのまま史跡公園化し、文化・観光資源として活用するということでその保全も実現するという構想であり、バイア遺跡で有名なイタリアのようにすでに実現している国もあります。
しかし、こうした世界的な動きに対し、日本はまだ水中文化遺産保護条約にも批准していない上、その水中文化財行政は大きく出遅れている現状があります(e.g. 小野2014)。またこれまでに日本国内で試みられてきた「海底遺跡ミュージアム」化を目指した事例には、(1)久米島町教育委員会と久米島博物館が沖縄の久米島で実施した水中文化遺産見学会、(2)アジア水中考古学研究所が九州の小値賀島周辺海底遺跡で行ってきた水中見学会などがあります。しかし、いずれも地域の方々によって持続・継続的に実施・運営されるには至っていません。
久米島: http://www.kanko-kumejima.com/archives/9876
参考文献
小野林太郎 2014「沖縄の水中文化遺産と「海底遺跡ミュージアム構想」」『Ocean Newsletter』333号:4-5
https://www.spf.org/opri-j/projects/information/newsletter/backnumber/2014/333_2.html
(5)屋良部沖海底遺跡と「海底遺跡ミュージアム」(2017年度)
2017年度も2015,2016年度に続き、111月に石垣島にて潜水調査と屋良部沖海底遺跡での水中文化遺産見学会を実施しました。また2017年度は、東海大学「プロジェクト研究」としては最終年度にあたるため、屋良部沖海底遺跡を「海底遺跡ミュージアム」として持続的に活用・保護していく枠組みの完成を目指しました。
こうした目的の下、石垣島では本プロジェクトメンバーによる、地元のダイバー関係者を中心とした事前講習会を開催した上で、一般のダイバー客にも参加してもらう形での遺跡見学会を、地元のダイバーさん達に案内してもらう形で実施することができました。
ご協力下さった石垣市の皆様、とくにこれまで協力・支援をして下さって来た教育委員、ダイバー関係者、地元高校の教員&生徒には感謝するばかりですが、今後はこれらの方々・関係団体がいかに連携し、海底遺跡の保護と活用を持続的に行えるかが問われています。
本プロジェクトは、2017年度をもって終了となりましたが、現在、これに続く研究プロジェクトを計画・申請中です。
(6)本プロジェクトのメンバー
小野林太郎(代表/東海大学・海洋学部・海洋文明学科)
木村淳(副代表/東海大学・海洋学部・海洋文明学科)
片桐千亜紀(沖縄県埋蔵文化財センター)
中西裕見子(大阪府教育庁)
川崎一平(東海大学・海洋学部・海洋文明学科)
山田吉彦(東海大学・海洋学部・海洋文明学科)
仁木将人(東海大学・海洋学部・環境社会学科)
本プロジェクトの協力者
坂上憲光(東海大学・海洋学部・航海工学学科)
丸山真史(東海大学・海洋学部・海洋文明学科)
山本裕司(アジア水中考古学研究所)
(7)今後の計画と展望
本プロジェクトにより石垣島では、海底遺跡を観光向けダイビングコースの一つに組み込んで利用・管理する基本的な連携体制が、地元のダイビング関係者と教育委員、教育関係者間に形成されてきました。しかし、この連携体制はまだ極めて初歩的なレベルでもあり、今後も東海大やプロジェクト関係者が積極的に関わっていかない限り、自然消滅してしまう可能性も十分にあります。
またこうした地域主体の連携体制により、どこまで海底遺跡を現状のまま維持し、保護していけるかについては未知数な部分も少なくありません。プロジェクト中に我々が開催した講習会や見学会に参加したダイビング関係者の方々は、遺跡見学の基本ルールや遺跡の価値を理解していると認識できますが、将来的に新たに参入・参加してくる関係者が同じような理解・認識の上で遺跡見学ダイビングを実践してくれるかも未知数です。基本な理解なく、こうした見学ダイビングだけが独り歩きしてしまうと、結果的に人為的な遺跡破壊や遺物の持ち出しが起こるというリスクも想定されます。
これらの課題を踏まえ、今後も継続した石垣島での調査・研究が必要で、昨年度中に継続となる研究プロジェクトの競争的資金獲得にむけて申請中です。また屋良部沖海底遺跡の学術調査に関しても、ようやく鉄錨の位置と状況、時代や搭載されていた船の候補が絞れてきた段階であり、その全貌を明らかにするためには継続調査が必須となるでしょう。
また最終年度となる2018年3月14日には、水中遺跡調査・把握・活用のための教育・研修プログラムとしてのNASトレーニング・モジュールの利用とその効果の検証を目的とした講習会を東海大学海洋学部にて試験的に実施することができました。
NASトレーニング・モジュールは、イギリスで権威ある学術団体であるNautical Archaeology Society(船舶考古学会、=Nautical Archaeology Society, NAS)が提供するもので、NASとライセンス締結することで導入先がプログラムとして利用可能となります。
海洋考古学および水中文化遺産保全・活用についての教育・研修プログラムとして、評価の大変高いプログラムとなっており、国外の高等教育機関や大学において導入が進んでいます。しかし、日本においては本プロジェクトの一環として、2018年3月に東海大海洋学部にて開催したものが、国内初の試みとなりました。またこの研修会には全国から水中文化遺産を対象とした考古学研究、文化庁関係者を筆頭に保護や管理に関わるエキスパートも多数が参加して下さり、今後の活用法について活発な議論をすることができました。今後の展望としては、この研修会での成果をもとに、東海大を軸にNASプログラムの導入と普及も進めていく必要を改めて認識しています。